カテゴリ:老い( 74 )

もう少しだけ姉のアッシーに。

c0043055_15033280.jpg
気になっていたデイサービスが回りだした。

昨日姉は今週2回目のデイサービスに参加したらしい。
広いお風呂に入り、レストランのように丸いテーブルに座り、皆さんと昼食をいただく。
少し談笑したり、お話を聞いたり、リハビリをしたりして、3時にはスイーツのおやつが出て、4時ごろ帰ってくるらしい。

「温泉付きのレストランに行き、3時にはスイーツも出ていいねえ。」というと、
「質は少々落ちるけどね。」という姉は、孤独な一人の生活に比べ、まんざらでもないらしかった。

介護1になって、生活支援を週2回、デイサービスを週2回に増した。
グループホームの入居はかなわないが、姉の生活が、これで少し豊かになったかなと思うと、少しだけほっとする。

そして今日は姉の車の車検もお願いした。
姉が終の棲家、グループホームに入居できるまで、もう少し姉のアッシーになってあげることも決心したのである。




[PR]

by asanagi62 | 2017-02-26 15:28 | 老い

荒れる春2番

c0043055_16052040.jpg
寒暖差が激しいのが影響しているのか今年の椿は花びらが痛んでいる。
やっときれいな花が開きはじめた。

しかし、今日はまた暴風雨。
春2番だそうである。

わが家もお祝い続きで、うれしいことが重なるけれど、何となく心の底から喜べない。

先日、姉の介護認定が上がり、介護1になったが、お目当ての施設が空いていないらしい。
日に日に状態が進んでいるようにも思えるが、介護の手は進まないのである。

何とか洗濯はお願いしたが、今度はお風呂がうまくいかない。
デイサービスをお願いしたのにお迎えが来ない。
週2回のお風呂でも気持ちが悪いだろうに、その1回がうまくいかない。
連絡も後手後手になってしまうのである。

姉は、だんだん士気が下がっているようで、自分から訴えることをしなくなっている。
今日も「どうしたもんじゃろのう。」と思ってしまう。

asanagiの心も春2番である。

[PR]

by asanagi62 | 2017-02-20 16:20 | 老い

やっと終わった。

c0043055_19232012.jpg
ずっと気にしていた免許証の書き換え講習がやっと終わった。

この4月から後期高齢者なので、先ず認知症の診断。
全て完璧とは言えないが思ったよりよくでき判断力も記憶力も問題なしのお墨付きをいただいた。

しかし、目の方はやはり落ちている。
視野の広さはじめ信号を見たり、暗闇での動態テストになるとやはり年相応の出来。
夜は乗らないに越したことはなさそうであった。

最後に運転。
練習の甲斐あって、車庫入れは難なくできた。
もっとも車2台が入りそうな広い車庫であった。
思ったよりまだまだ落ちていなくて出来が良かったので安心して帰った次第である。

しかし疲れはピーク。
緊張していたことやほっとしたことが重なり、今日は何もしたくない感じ。

3月に入って警察で再び講習を受けると、後3年は心配なく乗れる。
しかし、次はもう止めたいとは思う。3年後は78歳である。


[PR]

by asanagi62 | 2017-01-24 19:26 | 老い

老いの情報が気になりだした

c0043055_11161982.jpg
このところ老いの話題ばかりが目につく。

今朝の新聞では介護料金の事が出ていた。
要介護になってもおひとり様1000万円以上預金があれば、食事や部屋代に補助はないという。
今までは遺族年金に所得税はかからなかったらしいが、昨年8月から加算されるとか。
はっきりしたことは理解できないが、おひとりさまになっても施設の入居条件は年々厳しさを増しているようであった。

我が家は子供たちが二人とも県外。
おひとりさまになれば最後は施設でお世話にならなければいけない。
今から考えると不安は増すが、そろそろ心の準備をしても早くはないようである。

姉のお手伝いをしていると、お金だけで済まないことも多い。
この時付き添いがいたら・・・・と思う事も度々。
最近はながらでテレビを見ていても、認知症の事が放映されると自然と立ち止まっていることが多くなった。
昨日は紙パンツをネットでずっと見ていた。

無意識のうちに老いの情報を集めている自分がいる。

[PR]

by asanagi62 | 2017-01-16 11:16 | 老い

ついにデーサービスへ。

c0043055_15545177.jpg
今日、姉は初めてのデーサービス無料体験である。

ケアマネージャーに初めてすすめられたときにはまだ早いと断っていたのに・・・・。
半年でサービスを受けることになってしまった。

昨日、「明日は何の日?」と尋ねると、asanagiが来る日でしょうという。
姉はいつもasanagiが来るのを待っているようで切ない。
身寄りがなくて、藁をもつかむ気持ちなのだろう。

ブー・・・・というと「分かったお医者さんの検診の日」だという。
その日もasanagiが行くようにしている。
デーサービスは覚えているのか、覚えたくないのか、頭には無いようであった。

今朝はお風呂の用意をしてお迎えを待っているようであった。
無事に行って帰れるか、何かと気になってしょうがない。

明日は割れた老眼鏡の代わりに買った1000円の眼鏡やごみ袋を持っていきたいと思う。
市の福祉課から調査の人が来ることになっている。
姉もいよいよランクが上がってしまうのか・・・と思うとつらいものがある。

[PR]

by asanagi62 | 2017-01-11 15:55 | 老い

横隔膜の衰え

c0043055_13044712.jpg
昨日は1日中呼吸が浅く意識して呼吸をしていたように思う。

もちろん夜寝る時も肺の中深く酸素が入っていないような息苦しいものを感じていた。
2時間ほど寝返りを打ったり、深呼吸をしたり、トイレに行ったりしているうち、1回だけ肺の中深く酸素が入り、それで寝付く事が出来た。
夫に話すと、「それは心臓ではないか。」という。
今にも心臓発作でも起きるかのような口ぶりに少々恐怖を感じた。
病院嫌いのasanagiではあるが今日こそは病院へ行こうと決心までしていた。

ところが、今朝の事である。
タイミングよくNHKのあさいちで呼吸法のことを放映していた。

筋肉、姿勢、横隔膜、肩こりなどいろんなものが入り混じって横隔膜の動きが悪くなるのが原因のようであった。
asanagiは「これだ!」と思った。
運動はしないし、ウオーキングもしない。
asanagiの一日は長時間椅子に座ったままで、読んだり書いたりすることが多い。

ストレッチをして筋肉を鍛えること。
特に胸の筋肉や肩の筋肉を鍛え、座ったままの時間を短くすること。
これから少し頑張ろうと思った。

衰えるまでにまだまだすることはたくさんあるようであった。
心臓ではないらしいのでひとまずほっとした。

[PR]

by asanagi62 | 2017-01-10 13:10 | 老い

早くも忙しそう!

c0043055_14453778.jpg
娘たちが広島へ立ってほっとするや否や病院や地域包括センターから℡。
11月30日に病院を退院してから4回目の転倒の知らせである。

本人は買い物に行こうとしたらしいが、途中で転倒し、起き上がれなくなるらしい。
1回目はasanagiと一緒だったので、起こしてあげ、足の打撲だけで済んだ。
2回目は人通りの少ない所で転倒し、起き上がれなくて、1時間ほどはもがいた揚句自分で立つ事が出来たらしい。
しかしまたしても肋骨を骨折。
3回目は人通りが多くてすぐ見つかり、起こしてもらってマンションまで連れて帰ってもらったらしい。
しかし、両足をすりむき赤くはれ上がっているらしい。
4回目は店にたどり着き買い物を済ませて出たところでこけて起き上がれなくなったらしい。
幸い若い子どもずれのお母さんに起こしていただき車で病院へ運んでいただいたらしい。
しかし、顔と両足、右手を打撲、メガネまで割れてしまったらしい。

asanagiはついているわけにはいかないし、出ないでと言っても出るし、もうどうしていいか途方に暮れている。
包括センターのケアマネージャーさんには1日も早くグループホームの入居を希望したが、今は空きがないらしい。
その前に支援のランキングをあげて頂かなければどうにもならないらしかった。
今朝はその調査のための℡。

正月疲れと、介護疲れで、目の血管が切れ、血圧も162にうなぎのぼりであった。
人様の世話より自分の方が危なくなってきた。

愚痴を言わないというあの決心はなんなんだ!
と思うけれど、愚痴りたい心境であった。

[PR]

by asanagi62 | 2017-01-05 14:49 | 老い

ジュースで乾杯!

お正月をあと一週間に控え姉の元を訪問した。

相変わらず、洗濯ものの山と、ゴミの山。
滞在時間5時間のうち、3回洗濯機を回し、とりあえず部屋中に洗濯物を干した。
「明日の朝には乾くから取り込んでね。」
期待しないが言うだけは普通に。

姉は何よりも孫たち二人にクリスマスプレゼントとお年玉が送りたいらしかった。
例年なら、郵貯から郵貯へ簡単に送金していたのに、誰かの手を借りなければできなくなっていた。
一番の楽しみが・・・・と思うと切なかった。

街に出ると、毎年していた玄関飾りが気になるらしく、今年はいらないよと言っても何度も見ているようであった。
ご先祖様はアルコールが大好きだったらしく仏様もないのに一合瓶のアルコールを。
全てが切ないお買い物であったが、帰りにはオレンジジュースで乾杯を。
「来年はいい年にしたいね。」とはいいながら、
最後の乾杯かも・・・・・と思うと更に切なさは募った。

「年明けたらまた来るね。」
言い残してサ高住を離れていった。
c0043055_10280993.jpg



[PR]

by asanagi62 | 2016-12-25 10:28 | 老い

姉に朗報

施設暮らしで、何かと暗い毎日の姉に朗報が届いた。
東京の孫からである。

今年大学4年で、就職活動をしている長男からはITの会社から内定が。
今年大学受験生の長女からは、北海道大学から推薦入学合格通知が来たそうである。

夫と一人息子に死別し、近くに身よりの無い姉にとっては何よりの知らせであった。
今日は少し若返ったような明るい声であった。

近年の大学祝いはお高くつくけれど、準備していたらしい。
夫や息子の保険金も孫の教育の為に指一本触れることなく残している。
しかし、残念ながら東京の家族とはだんだん疎遠になっているようである。
施設へ入っても、肋骨骨折で入院しても、おこずかいを送っても返事が来ることは少なくなっている。
「今は二人とも忙しいから・・・・」と慰めるのが精いっぱいであった。

「おばあちゃん、お祝いをあげたいんだけれど、送れないからおいでよ。といえば久しぶりに孫の顔が見れるかも・・・」
そうなればいいと思いながら助言していた。

明日は冬物の布団カバーや敷きパットの新しいものを買って持っていくことにした。
c0043055_15294716.jpg


[PR]

by asanagi62 | 2016-12-08 15:30 | 老い

思い残すことのない人生とは

姉のマンションに行って、掃除をしながらこんなことを思い出していた。

共稼ぎ時代、asanagiは叔母に子供を預けていた。
叔母は時々昔のことを思い出して話してくれるのが好きだった。

ある時、
「私は両親の最後が近くなった時、心行くまで看病してあげた。
起きたいといえば起こし、甘いものが食べたいといえばどこまでも買いに行き、すべての欲求を満たしてあげた。
私はもう何も思い残すことはない。」と言っていた。

この叔母、母のお姉さん。
小柄ではあったが、美人で、優しくて、いつもにこにこしていて、絶対に怒らない人であった。
母が5年生の時母親と死別。
当時この叔母、結婚適齢期であったが、毎夜布団の中で泣いている母を見て、結婚する気にはならなかったらしい。

その後は母親代わりとなり、姉妹が困ると手伝いに行き、人のために生きた人生であったと思う。
しかし、最後は思い残すことはないと言っていたが、その意味が今になってよくわかってきた。

姉の介護も日に日に苦痛でなくなってきた。

夏の花デイゴが青空に映えていた。
c0043055_21141479.jpg




[PR]

by asanagi62 | 2016-12-05 21:15 | 老い