イギリスまであと360日

阪神の最終戦は華やかに終わった。下柳の15勝最多賞、鳥谷の2ホーマーで優勝した阪神を象徴しているような華やかな試合だった。気持ちよく11時にはとこに付いたが、12時になっても1時になっても寝付けなかった。

眠れないままにぼんやりと考えていた。「教育にお金をかけた割にはお金に苦しんでいるのはなぜか。」「結婚した頃徹底的に家事や育児を研究しておく事はその後の家庭生活に大変役立ったかもしれない。」などくるくると考えは巡るのであるが、結局は「私自身の無理な欲求が一番悪かった」と反省する事で終わる。いろいろやってきたが、途中でがんばりきれなくなって止めてしまうのも原因である。今はもう何もがんばりたくない。

と言いつつ今倹約が面白くてたまらない。1円を粗末にしない倹約とそれでも美味しい家庭の味を追求したいね。あと余熱の利用や煮汁の利用も研究に値するね。残り物の美味しい食べ方とか。後360日までに何円たまるかねえ。
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# by asanagi62 | 2005-10-06 12:46 | 家族

イギリスまであと361日

このところ雨の日が続き昼間でも薄暗い。こんな日は右脳が重い。右側の肩こりに加えて胸騒ぎもする。先月から予約していた歯医者の日なので、午後は歯医者と図書館に行く。小川宏の「ちょっといい生き方」となかにし礼の「人生の黄金律」を借りた。
小川氏はうつ病になっていたらしいので、ちょっと興味深い。このごろうつ病ではないかと思うときがあるからである。

ところで、この胸騒ぎはMの事を考えるからなのである。先日姉が湿った事を書いたメールを送ってきた。今は誰にも何も語りたくないんだ。慰めの言葉も書きたくない心境だ。黙って耐えるしかないと思うが。

明日はからっと晴れて欲しい。イギリスまであと361日
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# by asanagi62 | 2005-10-05 16:34 | 家族

イギリスまであと362日

午後は少々退屈だった。このまま歳を取るだけでいいのだろうか。と言う不安も少し頭を掠めたが、読書をする事にした。猪瀬直樹氏の「富国論」。まだ最後まで読んでないので結論は分からないが、二宮金次郎の藩の財政立て直しが心に残った。荒れ果てて人口減少したの過疎地を生き返すまでの苦闘であった。
金次郎といえば薪をかるって本を読む姿を小学生の頃から見てきた。貧しい農家の子せがれが働きながら勉学に励み後に偉くなった。ただそれだけであったが、偉くなる過程を読んでみるとなかなか金もうけに関して理ずめですばらしい。大きな収入が望めない今、考え方や姿勢は大いに参考になった。

ぱるるの通帳が送られてきた。目的は100万円。何年かかるかが私の手腕だろう。金次郎的錬金術を参考にしながらがんばりたい。

さて今日は鯖の味噌煮をした。この鯖は先日100円セールで買ってきたものである。その晩は3枚に下ろし半分を油で焼いて試食した。ねぎをまぶし、ポン酢で食べたが、冷凍室に入れた残りの半分をまた食べる気にはなれなかった。はっきりいってまずかった。「100円の味だったなあ。後は捨てるしかないかな。」と思っていた。
ところが、NHKの番組で鯖の味噌煮をおいしく料理する方法をはからずも見た。さすがだ。いわれたとおりに料理をしたら何と鮮度も上等でない鯖でもおいしかった。お金にしたら50円の鯖の味噌にだが、結構食べられた。今日も青みで栄養があり安い魚を食べることができた。いつまでも若々しく暮らすためにも鯖はいいらしい。

今夜は「ハルとナツ」の次男がマラリヤでなくなった。
1年目10キロもやせて帰り「健康診断がしたい。」と言ったMを、その時は異国での苦労を理解してやらなかった様に思う。その姿が重なり侘しかった。イギリスまであと362日になった。がんばれ。
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# by asanagi62 | 2005-10-04 13:34 | 家族

イギリスまであと363日

今年は石油の値上がりで漁船が困っている割には秋刀魚が安い。1匹89円の生秋刀魚を蒲焼きにするとなかなかいける。それに栗ご飯、木のこの澄まし汁、芽を出し始めた大根の双葉や取れたてのサニーレタス、玉ねぎ、りんご、をカリカリにいためたベーコンと一緒にドレッシングをかけサラダにすると季節感いっぱいの夕食が出来上がる。おいしかった。

英語も10単語ノートに書いて見たがまあ覚えられそうにはない。ベイビッシュ、ベビイシット、ベビイシッタアと言う言葉が耳に残った。ボーイッシュと言う言葉は聞いた事があるが赤ちゃんのようなと言う言葉もあるんだなあ。

夜は「ハルとナツ」を見た。トラホームのナツが一人だけブラジルに行けなくて船の乗り場で引き離される場面がいつまでも残ってやるせなかった。涙が止まらなかったね。「こんな地の果てまで来てしまって。」Mの言葉と重なってやるせなかった。3年が70年になってしまった事も私には教訓になった。後363日したらきっとイギリスへ行ってその時はどんな事があっても一緒に帰ろうなあ。
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# by asanagi62 | 2005-10-03 12:39 | 家族

イギリスまであと364日

熱々の小豆ご飯に豚肉と豆腐と木のこの炒め物はおいしかった。シメジとたまごのかき玉汁もおいしかった。1日目にしてはヘルシーでおいしい料理であった。夫はお変わりをしていた。
「あすの朝食のも残しておいて。」は余分であったかもしれない。
単語やイギリスの情報には触れなかった。

それにしても「思えば遠くへ来たもんだ。」には侘しさがこもっているねえ。あれから少々固まってしまって何もできなくなってしまった。
でも夫には何の泣き言も言わなかった。精神的に少し忍耐力ができたのかもしれない。
1日過ぎて364日になったが旅の準備は殆どできていない。
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# by asanagi62 | 2005-10-02 13:14 | 家族

イギリスまであと365日

今日から10月である。来年の10月1日には何としてもイギリスへ行ってみたいと思っている。
この旅が実現するまでには幾つもの難題をクリアーしなければならない。
まずは健康、私だけでなく主人も健康であることが条件である。今日料理1年間レシピを書くノートを作った。とにかく毎日付けていくことを条件としたい。
次に財政面である。夫婦で50万円は貯蓄しなければならない。無駄をせずとにかく貯蓄をしていく。1円を大切にしてがんばってみたい。
3つ目はイギリスについて勉強をすることである。単語を1日に10覚えたら3650語になる。やらないよりはましかもしれない。それとイギリスのことを勉強したい。地理や文化や手当たり次第に勉強してみたいと思う。
4つ目はこれが叶うためにはMちゃんが博士号を取得することである。これは私ががんばってもできることではない。最近どうもイライラしているようである。ブログに不満を書いたり、学部を不親切と非難したり、気になって仕方が無い。
大きいものを得ようとするなら、日ごろの小さな積み重ねが大切であり、小さなうちは、黙って、無になってがんばるしかない。
後365日私もがんばりたい。
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# by asanagi62 | 2005-10-01 15:57 | 家族

今日は何曜日のコップかしら

何かにこだわりを持って生きることもおしゃれに生きる事につながると思う。

さて私は物心つくかつかぬかにコーヒーの思い出がある。その頃外国船に乗っていた父のおかげか神戸に住んでいたためか、幼少の頃からコーヒーの香りには敏感である。家の中にコーヒーの香りが漂うと都会的なイメージが広がりなんともいえない豊かな気持ちになる。

こだわりを持たない私にしては珍しくコーヒーを飲むのが好きである。体の事も考えて1日に1回は必ず飲む事にしている。今のところ午前中の家事が終わるとランチョンマットを敷きブルックスで買ったコロンビアのコーヒーを飲む。もちろんブラックである。そこに甘いものが何か一つあればいい。ケーキが一番好きであるが、そう毎日買うわけにもいかない。たいていは5個100円のミニパンが1個である。日常の粗末なお菓子はたまにケーキを食べるときの味を何倍にも引き立ててくれるからいい。

今日からもう一つコーヒーを飲むときに付け加えたいものができた。カップである。我が家にはとりあえず1週間分しかないけれど曜日によってカップを変えて見たいと思う。こだわりのコーヒーの味がまた一つ濃くなるだろう。楽しみである。
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# by asanagi62 | 2005-09-15 12:31 | おしゃれに生きる

おしゃれって貧乏臭くない事

おしゃれとは貧乏臭くないことだそうだ。
倹約生活をしていると、どうしても貧乏臭くなる。倹約をして合理的に生きてはいるが、貧乏臭さがないとはどんな生き方なのだろうか。この生き方を極めて見たいと思う。

まず貧乏臭くないとは、汚れてないこともその一つだろう。
庭が汚れ、ごみが散乱している家は見るからに貧乏臭く見える。また、髪が乱れ、顔が汚れ、体も汚れている人も貧乏臭く見える。

今のところ朝5時半起床、庭掃き、床磨き、洗濯、風呂トイレ洗いは必ず行い住居を清潔にする事に勤めている。その内インテリアも考えて思い出に満ちた温かみのある家にしたいと思う。ただいま玄関のユッカ(幸福の木)が寝腐れを起こして弱っている。夫は
「世話が大変だから造花にしたい」と言っているが安くても本物にこだわりたい。入るなりリッチ感のある木がいい。私はソテツか椰子がいいと思っているが、夫はゴムに決めているらしい。いずれにしても本物である事は譲れない。

ユッカは3度目の改築の時に買った木である。日当たりが悪いので、6年しか持たなかった。いや6年しか育ててやることができなかった。いつも玄関で迎えてくれたユッカ、本当にありがとう
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# by asanagi62 | 2005-09-14 19:09 | おしゃれに生きる

さよならヘビエモン

我が家の庭には毎年蛇が現れる。15センチぐらいで、一見ミミズかなと思って触ろうとすると蛇であったり、1メートルもある大きな蛇がヤマモモの木の幹をゆっくりと這っていたりと年により違いはあるものの毎年1度は私の前へ現われご挨拶をしてくれる。それまでは一度きりで一夏に2度も出会うことはなかった。

 ところが今年はよく出会う。
 今年の蛇は長さが50センチぐらいで、太さは人差し指ほどの蛇である。初めて出会ったのは6月の半ばごろ、我が家の塀をよじ登っているときであった。例年のごとく金切り声で、
 「キャー お父さんヘビ ヘビ はよきてー。」
 その声を聞き付けると、すぐさま夫は走り出てホースで水をかけ近くの草むらへ追いやる。これで、一夏のヘビ騒動は何とか治まるのである。(私はヘビが世の中で一番苦手である。)

 その後1週間も経っただろうか。朝の5時半頃家の前の道路をほうきで掃こうと外へ出たところ、なんとこの前のヘビが道の真ん中で長くなっているではないか。
 「キャー」と言おうとしたが、そこは朝の5時半、ぐっと我慢をして蛇の行き先を凝視していた。
 「もし、我が家へ入ろうとしたら、何とかせにゃあならん。」とは思っても体は固まってしまっていた。長い棒もホースも武器になりそうなものは何も持っていない。(その時は武器の事など気も付かなかった。)しばらく待っていると、蛇はあたふたとこれまた近くの草むらへと逃げていった。

 今年はこれで終わらなかった。1週間に1度ぐらいの割合で、我が家の庭に現われる。その度に夫は水をかけたり、逃げたと思われるところをつついたり、穴らしいところをふさいだり、虫殺しのスミチオンをかけたり、とうとうヘビ殺しまで買って庭に蒔いたが、それでも1週間ほど経つと又朝方チョロッと現われるのである。
 ヘビ嫌いの私は、少々ノイローゼ気味になってしまった。
 「そうだ。蛇の事、ヘビエモンと思えばいいんだ。見つけたら、おはようヘビエモンチャンと言う事にしよう。そうすれば怖さが半減するかもしれない。」と思ったり
 「このまま庭がヘビだらけになったらどうしようか。」と思ったり
 ヘビの事ばかり考えて眠れなくなったり、長いものを見るとドキッとしたり、庭へ出るときはその辺を確認しないと歩けなくなったりと四六時中ヘビの事ばかり考えるようになってしまった。

 この日の朝は14号台風で大雨が降っていた。久し振りの雨の中、ヘビエモンは我が家の門の前で長くなって水を飲んでいた。例のごとく夫に水をかけてもらった。しかし、いそいそとお隣へ入っていったはずなのになぜか5分もしない間に我が家に入ってきて私の前を走りぬけたのである。「キャー。」夫にまた水をかけてもらったのであるが、更に5分もしないうちに又今度はレンガの上を歩いていた私の前を横切ったのである。
 「1日に3度もご挨拶に来るなんて。私の事人間と思っているのだろうか。蛇の仲間だよね。」
 我慢ならなかった。
 「ヘビは縁起がいいから殺してはならない。」
 「ヘビはお金持ちの家しか来ない。」
 「へびは守り神様である。」
 ずっと我慢の元になっていたものが消えていた。私は夫にヘビエモンとの決別を告げていた。
 かくしてこの日ヘビエモンは土の中へ帰っていったのである。夫は少ししょげて
 「ツバメもおいてやれなかった。鳩もおいてやれ無かった。ヘビエモンは我が家の庭が大好きだったのかもしれないのに。」と言っていた。
 後ろめたいものを感じながら、台風と共に土に帰ったヘビエモンに手を拝せた。



 
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# by asanagi62 | 2005-09-07 15:06 | 我が家の庭

インパチェンス

9月になると、我が家の庭にはインパチェンスでいっぱいになる。
 直径20センチの植木鉢に、わずか3センチほどの苗を植えたのは6月頃であったが、今では直径50センチほどもある大きなインパチェンスに成長している。

 この花が我が家へきたのは6年前である。それまで住み慣れた家を改築し、庭を広くしたとき、姉から3センチほどの小さくて可愛い苗をいくつかいただいた。
 土を作り、水をやり、液肥をやりしてその年はきれいな花を咲かすことができた。11月に葉牡丹に植え替えるまで、5ヶ月も我が家の庭に華やぎを与えてくれた。

 翌年からは6月頃になると庭のあちこちに可愛い芽を出し始める。初めは雑草と間違えそうであるが、夫はこれを大事にしてきた。
 「草と思って勝手に抜かないように。」釘を刺される。

 夫はその中から3センチほどの苗を植木鉢に移す。これを毎年繰り返して今年で6年になる。

 花は初めは赤、白半々であったが次の年は赤が圧倒的に多かった。白は育たなかったのかもしれない。と思っていたが、白が多い年もあった。白に赤い線の入ったのもある。苗の段階では花の色など見分けがつかないのであるが、選ばれた5つの苗の中には必ず赤と白が混ざっている。

 9月頃になると、地植えのままのインパチェンスも花を付け始める。年を負うごとに地植えのインパチェンスが多くなり庭のあちこちに花が咲き乱れるようになった。

 「元気な間、庭にカラフルな花を絶やしたくない。」私の目標である。
 
 今年もインパチェンスは我が家の庭に生き生きと咲き誇っている。
 
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# by asanagi62 | 2005-09-01 13:41 | 我が家の庭