節分とやっちゃんのまきずし

 今日は季節の分かれ目、節分である。

 一般には、柊の枝にいわしの頭を刺し、戸口に挟んでまめまきをし、厄払いをする行事である。この辺りでは、いわしを食べたり、まきずしを一本丸かじりをしたり、夜になると四つ角に行って豆まきをする。

 我が家も子供の小さかった頃、良くやったものである。

 「今年はいわしは食べたくないし、まきずしも省略して、ひっそりと豆だけ蒔くか。」と心に決めていたが、スーパーに行くと意外にもぎわっていた。特にまきずしの辺りといわしの辺りは人が黒山のようになっていた。良く見てみると、まきずしの実演をしているのはやっちゃんではないか。

 やっちゃんは私の教え子、今はもうスーパーの主任さんになっているが、出会うと気さくに声をかけてくれる。「この前はありがとう。今日はまきずしを買って帰りませんか。」やっちゃんに言われると何だか買いたくなってしまう。

 そして今夜はまきずしの丸かじりをして、庭先で、声を出さずに密かに一人で豆まきをしたのである。
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# by asanagi62 | 2006-02-03 20:53 | おしゃれに生きる

一人旅

 娘からの電話でした。

 嘔吐下痢症で一家全滅、急いで助太刀に来て欲しいとのことであった。

 娘の家は、ちょくちょく行った事はあったが、〇○港まで夫の車で行き、〇○港まで娘に迎えに来てもらってそのまま自宅へ着くパターンが殆どで、全て公的な乗り物で行った事はなかった。

 うーん、ちょっと不安かな。と思ったが、考える間もなく食べ物をゆうパックで送り、衣類をバックにつめ、港までは夫の車に乗って出かけることにした。

 ここから一人旅が始まった。

 まずスーパージェットの時刻と料金を探す。値段が上がっている。この前は5千円台だったのに。帰りがどうなるか分からないので、片道だけ買った。6300円。そして桟橋へ直行。「やれやれ、あれに乗ればいいんだ。」今もらった切符を差し出すと先ず一声「少し待ってください。」早すぎたのである。待つこと〇分。恥ずかしい。そうあわてんでも良かったのに、先頭やないか。

 1時間あまりで対岸の港に着いた。今度は路面電車だな確か船のアナウンスではJRは5番、路面電車の〇○駅行きは1番と言った。「1番1番」と探せど○○駅行きは2と3である。エーイと乗り込み「この電車〇〇は通りますか。」聞いてしまった。この田舎者。

 路面電車を降りると次ぎはアストラムに乗る。地下へ降りろと矢印がある。分け分からんがとにかく人についていくことにした。そこで切符購入。上を見ると、出ている出ている料金表。しかし、肝心の降りる駅の名前はどこにもない。何度見てもない。荷物を両手に持って何度ぐるぐる見渡してもない。また聞いてしまった。「〇〇行きの切符を買うところはここじゃあないのですか。」若い男の人が笑いながら教えてくれた。「出てますよここに。」下を向けばすぐ見えるところに書いてあったのだ。この愚か者。

 改札口は自動だが、これは何度か使った事があるので、スマート?にこなし、乗り場へと急ぐ。そこでは電車が両側に別れて止まっていた。「ここ始発だからどれでも黙って乗っていればいく。」と思ったのに、また聞いてしまった。「〇〇駅を通りますか。」今度は若い女の人に聞いた。また笑いながら教えてくれた。このオオバカやろう。

 かくして、何もなかったかのような顔をして娘の家に到着したのでした。

 いろいろと教えていただいた通りすがりの人達、ありがとうございました。
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# by asanagi62 | 2006-02-02 13:56

紅白の椿

 我が家の庭には椿の木がある。正面玄関の近くにある紅白の模様入りの椿は夫が実家からもらってきたものである。私達ともう30年以上も一緒に住んでいて、毎年、年が明けるとボツボツ咲き始める。

 ところが、この木、7年前に一度枯れかかった事がある。改築をした時、どうしても残したくて、庭をいじる事を止めたにもかかわらず、改築が完成するや否や、葉が一枚また一枚と枯れ始めた。

 その間、夫は木に負担がかからないように、枯れかかった葉を早めに落としたり、枝を切ったりしたが、枯れは止まらなかった。「もうだめかもしれない。」と誰もが思っていた矢先に最後の一枝の先の葉、一枚だけが枯れなかったのである。

 その年の夏は、暑さよけのこうもり傘をかけ、その年の冬には風で倒れないようにとつっかえ棒を立てたりし、その後もそれは大事に世話をしているうちに、3年前、やっと一つ花が咲いた。その年の3月、娘が、結婚式を上げることになっていたので、家族で喜んだのを覚えている。

 2年前には7個咲いた。去年は24個。今年は寒かったせいか花はまだ咲かない。しかし蕾がたくさんついている。今月中には花が咲きそうである。待ちどうしい。

 

 
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# by asanagi62 | 2006-02-01 21:13 | 我が家の庭

我が家の布袋さん

 我が家の床の間には布袋さんが置いてある。右手を天に向けて、満面の笑みをたたえてわたしのほうを見ているような気がする。

 布袋さんはその昔、日用品を全て袋に入れ、町に出て天候や吉凶を占ったと言う。きっと人災や天災に苦しむ町の人達に「幸せはきっと来る。上を向いて笑顔で生きよう。」と励まして回ったのかもしれない。

 この布袋さんが我が家へ来たのは、私がクラスの登校拒否児に苦しみ、毎夜落ち込んでいた時、夫が古道具屋さんから買ってきてくれたものである。

 「落ち込まずに、毎朝布袋さんの顔をなでて学校へ行きなさい。」優しさが心に響いた。

今でも布袋さんを見るとその時のことを思い出す。銅製の布袋さんは黒光りがしていてつやつやしている。あのときの笑顔と同じ顔で立ち続けている。

 私の一日はこの布袋さんの顔を丁寧に磨くことから始まっている。今日も一日上を向いて笑ってすごそう。。。。。。。と
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# by asanagi62 | 2006-01-29 14:02 | おしゃれに生きる

肱川の川面に浮かぶ鷺の群れ

一週間ぶりに城山へ登った。

 今日は快晴。春のような陽気だった。風も心地よく、先週と同じ格好で出かけたものだから、城山に着いた頃にはマスクも手袋ものけていた。

 芝生のあちこちからは1cmほどの芽が出かかっていた。今日の桜はピアノを弾く手をさかさまにしたかのように、枝を天につき上げ、その先の芽もまた天を向いていた。生命力を感じた。

 城の周りの川に目を向けると、桜の枝の間から深緑色の水がのどかに流れているのが見える。うーんきれい。思わずため息が漏れそうであった。しばらく見とれていると横ちょから真っ白い羽を広げた鳥がスーと飛んできた。

 鷺だ!その羽の行く方を目で追っていると、何と水鳥が群れを成して川に浮かんでいるではないか。この辺の川にはよくごい鷺が飛んでくることがある。きっと鷺だと思った。

 冬の日ののどかなひと時でした。

 そこで一句    肱川の川面に浮かぶ鷺の群れ
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# by asanagi62 | 2006-01-28 16:16 | お城山

クラシックコンサート、バンザイ!

久し振りにK先生からの電話だった。

 4月に芸大の卒業生8人がコンサートを開くので聞きに行きませんかと言うお誘いだった。今年は春、来年は夏、再来年は秋、その次は冬の予定だが、それから後はまだ決まっていないということだった。声楽である。

 クラシックコンサートは毎年最低2回は行っている。1つは親と子のいい音楽を聴く会、もう一つは大人向きのクラシックコンサートである。もう20年以上も続いている会である。

 その昔、わが市にクラシックコンサートを迎えたとき、観客がどこでもここでも手をたたく無知さに、演奏をしている人達があきれ返ったと言う。それを機会に、音楽に興味のあるお医者さんが先頭になり、我が市に毎年1回クラシック音楽を招くことになったらしい。
 今では観客も聞き方上手になってきたように思う。それが大人向きのクラシックコンサートであるが、昨年はプラハから15人も来市し素敵な夜を提供してくれた。

 これからは声楽も来るらしい事を聞き、嬉しかった。錦織さんの大フアンだが、それに近い声が生で聞けることが嬉しい。
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# by asanagi62 | 2006-01-27 13:24 | おしゃれに生きる

小さなことの積み重ねで、大きなことが実現できる

朝起きると初めに電気のメーターを見る。この単純なことを始めてもう8ヶ月が過ぎる。始めた動機は夫が夜ソフア~に寝転んだら、朝の2時ごろまで起きないと言うぐうたらな生活を直したい。そのための証拠にしたいと思ってはじめたことであった。

 ところが以外にも、続けてみると、日頃見えなかったものが見えてきたのである。

 まず、 電気の無駄使いである。二階に上がってそのまま消さずに降りたり、トイレやお風呂の後消し忘れたり、見ていないのにテレビを付けたままであったり、電気製品の節電まで研究をするようになった。お陰で、月々の電気代は確実に2000円ほど安くなってきた。

 もちろんこの気の配りようで、夫も12時までには寝ざるをえなくなったのはいうまでもない。私自身も11時就寝、朝6時半起床を守るようになった。

 かつて、イチローが大リーグで大きな記録を打ち立てたとき「小さなことの積み上げで、大きな記録になった。」といっていたのを思い出す。

 規則正しい生活は、健康にいい。特に睡眠は大切である。健康である事はおしゃれの第一条件でもある。

 
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# by asanagi62 | 2006-01-26 18:53 | おしゃれに生きる

ホリエモン、畏敬心をどう思う?

 このところ夫は藤樹会の講演に向けていろんな資料を見直したり、新たに本を読んだりと学問に余念がない。そんな中、昔使えたある校長先生の教育目標を見つけ、偉い校長だったなあと感心していた。

 「畏敬心を育てる。」
 同じ校長に仕えた事のある私はその時、この言葉の大切さが分からなかった。校長は私が転任するとき、10年も勤めた職場を去る私に対してとても冷たい謝辞であったと覚えている。
 「なぜ?」私は長い間その時の謝辞を引きずっていたように思う。

 彼は昨年82歳で他界した。偉い校長先生にしては寂しい死であった。退職した後彼を慕う人が少なかったのも原因の一つだと思う。

 今思うに、彼が一番畏敬心に欠けていて、人として生きるためにはその心が1番大切である事を分かっていたのかもしれない。現職中の畏敬心のない行動が退職後人を引きつけない原因になっていたのかもしれない。

 また、私への謝辞も私自身のおごり高ぶった行動を見抜き、それを戒めるための言葉だったような気がする。生前に聞いて見たかったなあと思った。確かに私自身は畏敬心に欠けていたと思う。

 ところで、このところライブドアが世間を騒がせている。転落する人と畏敬心について改めて考えさせられた日であった。劣等感を持つ必要はないが、人や物に対して恐れ敬う心は無条件にとはいわないが、いつの場合でも持っておきたいものである。
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# by asanagi62 | 2006-01-24 12:46 | 家族

冬物ゲット

 朝リビングの床磨きをしているとき、左足の中指が靴下から出ているのに気が付いた。黒い靴下だから小さな顔が出ているようで可愛い。しかし、これは靴下が破れたのである。中指の辺りを引っ張っても引っ張ってもまた顔を出す。昨日は他の靴下の右足小指から白いものが見えている。もう限界かな。

 今日は冬物ゲットに出かけた。しかし、年末と違って2割引、月曜日のせいか人も殆どいなく、店もやる気をなくしているようだった。もちろん買う気もしなくなったので、眺めるだけで帰った。

 お買い時を待った方がいいようである。
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# by asanagi62 | 2006-01-23 12:17 | おしゃれに生きる

山茶花の古木も揺れる大洲城

 久し振りに城山に登った。この前より山茶花の花がたくさん咲いていた。桜も米粒ほどの蕾をつけ寒風の中に枝を広げて立っていた。

 日曜日だというのに観光客は殆どいなく、二組のアベックが手をつないだり、肩を寄せ合ったりしてのどかに歩いていた。声はかけられなかった。彼らは寒風の中でも寒さは感じないだろうなと思いながら、一人寒々と帽子を押さえながら歩いていた。

 城は堂々としていた。そばに立つ山茶花の古木は土色の芝生の上に花びらをたくさん落としていた。それにしても今日は風が冷たかった。

 そこで一句      山茶花の古木がゆれる大洲城
 

 
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# by asanagi62 | 2006-01-22 13:07 | お城山