薊の思い出

今年は例年になく土手で沢山の薊を見つけました。
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そして今日は薊の思い出から。

c0043055_13405725.jpg「明日、薊を描くから持ってきてください。」
これが宿題だった。たしか、asanagiが4年生の頃だったと思う。
当時、海に面したのどかな漁村に住んでいたが、近くに薊の姿はなかった。
生真面目だった小学生のasanagi、泣きながら母と二人で薊を求めて近くの野山を歩き回るはめとなった。
山道を探して探してやっと見つけたときには夕暮れになっていたように思う。
その時の嬉しかったこと。

次の日、薊を見つけてもっていった子はasanagi一人、図画の時間に薊を描くのは取りやめとなってしまったが、残念な気持ちより誇らしげな気持ちだったことを覚えている。

今でも薊を見つけると、あの頃の気持ちが蘇り、ホッとした気持ちになってしまうのである。

昨日、連れ合いが二枝手折って持って帰ってくれた。
薊を見つけるたびにこの話をするasanagiを思い出してくれたのだろう。
棘だらけで、手折ってとるには痛すぎるのに・・・
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by asanagi62 | 2010-05-13 14:05 | | Comments(0)

残された時間の中でおもうこと


by asanagi62