当たり前にある一瞬

朝ドラの新ドラマ、とと姉ちゃんが始まった。

舞台は戦後。
懐かしい背景がasanagiの戦後を思い出させてくれる。

子供たちの髪形、服装、かかの着物にエプロン姿も懐かしい。
あの頃の女の子はおかっぱ頭が多かった。
散髪屋へ行きたかったが当時は子だくさんの上、貧しくて姉妹や親が切ってくれていた。
そういえば、自分で、鏡を見ながら切ることもあったなあ。

今朝は、ととが「当たり前にある一瞬を積み上げることがだいじ。」といっていた。
この言葉、最近のasanagiの胸にはずしんとくるものがあった。。

この頃、なんとなくやる気が無くて、何かせねばと思ったり、どこか行かなければと思ったり、なんとなく胸がドキドキしたり、平穏に暮らしていて何にも困ることが無いのに、満たされない日が続いている。

この原因はなんだろうと考えてみた。
そういえば、この春は、少しばかり、当たり前の日常が壊れかかっている。

asanagiの当り前の日常とは、夫と二人、年金暮らし。
どちらかといえば清貧の暮らしだが、穏やかにリズミカルに規則正しい生活をしている。
しかし、休が続くと子供たちが帰ってくれて、忙しいけれどにぎやかに暮らしていた。
外食やお出かけ、買い物に出かけて、数日ではあるが変化にとんだ日々を過ごす。
楽しみと疲れの中で、満たされていたように思う。

今年は孫たちが大きくなり、それぞれ忙しくなって、来なくなった。
久し振りに変化のない静かで、穏やかな生活がつづく。
それに、出費もかさまない。年金暮らしにはこれも重要なことではるが、まだ春休みも終わってないというのに、毎日が満たされなくて、やるせない。

当たり前にあった日常が壊れていくことって、こんなにも寂しくやるせないものなんだろうか。今日はつくづく考えてしまった。

70代の当り前の日常とはなんなんだろうか。
少しづつでもいい、新たな日常を作り積み上げていかねばばらないとも思った。

まだまだ前を向いて生きねばならない。
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by asanagi62 | 2016-04-06 16:47 | 老い | Comments(0)

残された時間の中でおもうこと


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