赤いバラ



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今日も快晴であった。
途中真っ赤なバラに出会う。バラは春と秋二度花をつけるが、なぜか秋のバラは春のような華やかさがない。
華やかさというより、一輪一輪にもの悲しさが漂っているように見えるのはasanagiだけだろうか。

さて、今日はお殿様公園の方へ行ってみた。
公園とは名ばかりで、薄汚れた古い建物である。
ここは年間何人の観光客に来ていただくのだろうか、いつ行っても庭には枯葉が散在している。

素通りして、少し行くと今度は立派な石碑が立っている。
青色発光ダイオードを発明しノーベル物理学賞をいただき、「メダルはただの金属」といった仲村修二さんの石碑である。
いつ修服したのだろうか顔写真がカラーになっていた。

仲村さんはその後アメリカへ渡りサンダーバーバラ校の教授。
更に電気代のいらない電球の研究に勤しんでいるそうである。
多分大成功をし、今頃大富豪の仲間入りしているかもしれない。

この通りは高等学校に面していて、もう一つ石碑がある。
同じくこの学校の卒業生であるが、株で大儲けをし、一代で大富豪になった人らしい。
その後は郷里に恩返しがしたいという思いで、私財を投げ出し、郷土の教育の為に多額の寄付をされた人である。
今も毎年小中学校へは図書を、各高校へも補助金を、その他文化活動にも補助金が寄付され、総額何億円という援助を続けているそうである。頭が下がるしかない。

ところで、今年の夏は高温で、学校もクーラー無しでは教育の成果が上がらなくなっている。
わが町は全国1学校にクーラーがない。
校長室に一つあって他の教室はゼロに近い学校がほとんどであるらしい。
西日本豪雨の災害で、市の行政はこの後の見込みはないらしい。

asanagiはふと考えた。
この現状を仲村修二さんは知っているのだろうか。
国も対策を打ち始めた。しかし、愛媛のような末端の県は早々に順番が来るのだろうか。
県は加計学園に補助金を31億円出さねばならないので、無理ではないか。
嘘までついて、31億円の補助金を得た人たちはこの現実をどう考えているだろうか。

複雑な思いで、通り過ぎた。


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# by asanagi62 | 2018-11-15 10:46 | | Comments(0)

皇帝ダリア



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皇帝ダリアのピンクが青空に映えて美しかった。
花言葉は乙女の純潔というらしい。

何しろ背が高く5~6mは伸びるらしい。二階の窓から観賞するのにちょうどいいような高さである。

初めて見たのは数年前であったが、珍しいので、持ち主に尋ねてみた。
皇帝ダリアは木立ダリアともいうらしい。

ダリアは懐かしい花の仲間である。
梅雨頃になると、庭のあちこちから芽を出し大きな花がいっぱい咲く。
それを学校へ持っていくのが楽しみであった。

当時は教卓だけが立派なツボであったが、その他は竹を切って節を一つ残し、竹筒の上の方に穴をあけて、柱に掛けていた。
柱ごとに掛けているので、全部そろうと賑やかで華やかであった。
もちろん先生には特別立派な花を活けてあげたのは言うまでもない。

ダリアで華やかになると、授業はそっちのけで、花ばかり見ていたような気がする。

皇帝ダリアに出会うと、背が高くでかいが花のかたちは昔のまま、いつも懐かしさがこみ上げてくる。

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# by asanagi62 | 2018-11-14 11:14 | | Comments(0)

自分だけを生きる




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千両の実が黄色く色づいてきた。

さて、今年のお正月の事であった。
当たり前のように二つの家族が帰ってきた。
そんな家族を見て、「両方とも安定してきたなあ、もう何の心配も無くなった」ふとそんな思いが巡り、一人ほっとした。
同時に今年は何かあるのかもしれないと不安にもなった。

それから何か月たっただろうか、わが町に大水害が起き、15年以上も音信の無かった大学時代の友から突然電話が来る。
ますますasanagiは不安になった。

その後予感通りasanagi人生最大の病が見つかる。
そのさ中、なぜか東京にいる姉のお嫁さんがやって来て「姉の介護を引きつぎたい」ということになった。

そして今、両親の世話はない。子供たちの心配はない。姉の介護も必要なし。
残すは夫と二人だけの生活になってしまった。

これからどう生きればいいのか、連日その答えを見つけている。

午前中、NHKのハンドメイドの番組を見ていると、毛糸のセーターの編み方を放映していた。
そういえば、晩年の母もよく、編み物をしていた。
セーターやスカートまで、本を見て編んでいた。
これかな・・・・とおもったが、肩が凝りそうである。

新たなものを見つけるのではなく、今までコツコツと積み上げてきたものを、さらに続けていくことだとは思う。
有り余る時間を人と絡めず、自分の事だけに使っていくというのも結構むづかしいものである。



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# by asanagi62 | 2018-11-13 16:00 | 老い | Comments(0)



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玄関に置いているもう一つの菊が満開になった。

さて、内館牧子さんの「もうすぐ死ぬ」という本の宣伝が新聞に載っていた。
宣伝だから詳しいことは分からない。
老年の夫婦がもうすぐ死ぬんだから、年を感じさせないおしゃれをしようということになり年齢より若い恰好をしてお出かけをするくだりがあるらしい。

asanagiはその考えには同感なので、読んでみたいと思うが、まだ読んではいない。

わが家も二人はもうすぐ死ぬる歳である。
二人とも身なりを整えるのが好きで、できる限りのおしゃれ(と思ってはいる)をしてお出かけをする。

今日のお買い物には夫は黒いコートを着て、その下には毛入りのブルーのワイシャツであった。
春用の白っぽいコートを着ているので、黒をお勧めすると、さっそく黒に変えたようである。

asanagiは黒の上下に黄緑のウオーキング用のコートをはおり出かけた。

途中、娘の幼稚園の先生に出会う。
70歳であるが、若々しくて、明るい顔は昔のまま。
白っぽいズボンに、明るい柄のブラウスがよく似合っていた。
年を感じさせないおしゃれだなあと感心する。

asanagiはどうか。

スーパーにウオーキングはないよなあ。
年とともに、おしゃれに疎くなるけれど、お出かけの時は場を考えることを忘れないようにしたいと思った。

一昨日夫は冬用のシャツを2枚買った。
おしゃれが大好きのようである。
asanagiも似合う似合わないは別として、できるだけ若々しくいる工夫をしたいと思うのであった。


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# by asanagi62 | 2018-11-12 16:20 | おしゃれに生きる | Comments(0)

頻尿対策




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夫は定年退職以来15年以上も続けていた親睦旅行を今年は止めざるを得ないくなった。
原因は頻尿である。

先日1日研修で、バスに乗り松山へ行ったところ、帰るまで頻尿に悩まされることになったらしい。
尿は意識しないとそうは思わないが、意識すると、一日中出そうになるものである。
元々真面目な夫は不安傾向が強くそれが却って刺激を促したらしい。

そんな折、テレビで、朝晩3分づつ2回たけふみ運動をした結果、頻尿が治ったというデーターを放映していた。。
夜、1時間ごとにトイレ通いをしていた人が、治ったというのである。

早速、我が家も実行。

毎年能登から竹に入った鰤と大根の漬物をいただく。
あれだあれだ!
asanagiは早速出してみることにした。

夫は戸棚から違ったものを出してきた。
一昨年、娘からいただいた父に日のプレゼントである。

あの頃「なんて変なものをくれたんだ。ゴミが増えた!」と夫は怒っていたようであった。
もちろん、足を乗せるとたまらなく痛い。
娘は「痛いのはどこか悪い所があるらしい。我が家の息子たちは二人ともこの上を走っているがどこも痛くない。」・・・らしい。

騙されたつもりで、asanagiもお付き合いすることにした。

次の朝、夫は「昨夜は1回であった。」という。
ゴミだと言って粗末にしていたが、随分いいものだったようである。
改めて娘に感謝!


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# by asanagi62 | 2018-11-11 11:21 | 老い | Comments(0)

今一のマーマレード



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この所暖かくて天高く人間も食欲大生、肥える秋が続いている。
しかし、浮かれすぎて、どうも心臓の調子が良くない。

動悸が少し異常だし、深い息ができない。
そのせいか、夜5時間もすれば目が覚めていけない。

今日は散歩を止めて、マーマレード作りに興じてみた。
つくり方は簡単だが、ことこと煮る・・・・・ここの調子が分からない。
部屋中に広がった柚子の香りをかぎながら、ことことと煮ること40分。
白い袋やわたみたいな内側の皮が透明になったので、火を止めた。
少し味を見てみると、苦みのある大人の甘さ。

これだ!

火を消して、夕食をいただく。

食後、瓶ずめにしようと思い、コーヒーの空き瓶を持ってきたが、固まりすぎて流しいれる事が出来なかった。
少し、煮すぎたのかもしれない。

柚子のある間にもう一度挑戦したいと思うのであった。

硬めの出来立てマーマレード。


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# by asanagi62 | 2018-11-10 11:48 | 料理 | Comments(0)

柚ジャムを作った




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柚子をいただいた。
例年、柚子は料理の引き立て役として、皮をおつゆに入れるぐらいで、あまり上手な使い方をしてこなかった。
今年はたくさんあるし、このままだと少し腐らせてしまいそうで、マーマレードを作ることにした。

柚子のマーマレードはビタミンが豊富で、asanagiが悩んでいるコレステロール値も減らしてくれるらしい。
そのほか、糖尿病にも、いいらしいし、カルシュームの吸収も助けてくれるらしい。

早速調べて作ることにした。
柚子5個に砂糖500グラム。
柚子をきれいに洗って、種を除き、残りを細く切って、ことこと炊くだけでできるそうである。

柚子はもともとは中国が原産らしいが、我が国も早くから栽培され、柑橘大国四国もおもな産地らしい。
冬至には柚子湯に入って楽しむけれど、今年はそれも試してみたい。それまで持つかな?

近くに咲いていた花である。名前は分からない。


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# by asanagi62 | 2018-11-09 16:11 | 料理 | Comments(0)

上から目線




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昨日久し振りに40分もかけて城山に登ったので、今日は少々疲れていた。
カメラを持って、その辺をゆったり歩こうと思った。
いつも見上げて花ばかり見ていたハナミズキの幹の下の方で、小枝が、目についたのでカメラを向けた。

あまり世話をされていない小菊も見つける。
いろんな取り方をしてみた。

先ず少し離れたところから取ってみた。


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今度はアップで。


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上から目線でもとってみた。


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同じ花でも上から目線では窮屈で、自由の無さを感じる。


ところで、昨日の世界はトランプ一色であった。
下院では共和党が負けてねじれ状態になってしまったが、オバマよりましだと喜んでいた。
トランプ大統領の出現で、世界の秩序が変わり始めている。
しかし、若者や女性の支持者が離れているらしい。
きっと上から目線の発言が受け入れられない面もあるのだろう。

驕るもの久しからず!

asanagiはもう終わった人ではあるが、せめて家族にだけは上から目線にならないよう気を付けたいと思うのであった。
今日の空は天高く真っ青で、澄み切っていた。


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# by asanagi62 | 2018-11-08 11:30 | | Comments(0)

もう山茶花が咲いた



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今朝は林先生が山茶花の話をしていた。
漢字で書くと、山、茶、花と書いてサザンカと呼ぶので、これはお茶に関係がある、と思っていたら珍しく当たり。
それに合わせたのか、我が家の山茶花も一輪咲いていた。
もう山茶花の咲く季節である。

そして今日は立冬。
もう暦の上では冬である。
asanagiは寒さに弱く年々抵抗力も無くなってきた。
今年はやせ我慢を止めエアコンは10月から、衣類も早めに暖かいものを着ることにした。
もうダウンベストを羽織っている。
暖冬らしいというので期待はしているが・・・・・。

さて、もう一つ、昨日は年賀状も来た。
来年のものである。年々減る一方であるが、今年も130枚ほど買った。
年賀状が来ると、今年も終わったなと思う。

年を重ねるごとに、一年が走馬灯のように走り去っているようである。

久し振りにお城へも行ってみた。
外人さんも含めて数人の観光客も来ていた。
青空を突き刺すような雄姿を見せていた。


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# by asanagi62 | 2018-11-07 09:53 | | Comments(0)


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軒先に出ている青い柑橘は八朔だろうか。

さて、asanagi5才は神戸に住んでいた。
この頃からいろんな神戸の思い出が甦ってくる。

住んでいたのはひよ鳥越と言っていた。
平屋の和室2間で、玄関を入っていくとすぐ6畳ぐらいの部屋があって、その奥に8畳の和室があった。
キッチンらしいものはあったが、食事はこの8畳で円卓を囲んでいただいていた。
両親と子供5人の7人家族であったが、狭いという感覚はなかった。
長女5年生、次女1年生、次がasanagi5才、4女3歳、やっと5番目に生まれた待望の長男は1歳であった。

平屋の狭い家であったが、戦後父が購入した一戸建ての持ち家に暮らしていたそうである。

お隣にはたかちゃんの家があり、インテリ風で同年齢だがあまり交流はなかった。
そのお隣が風呂やさん。
風呂の無かった我が家は洗面器にタオルと石鹸を入れ、毎日のように通っていた。

ここは当時事件がよく起きていた。
進駐軍が入って来て、裸の人が外に追い出される姿をよく目にしていた。
タオルを胸に巻いた女の人もいて、見てはいけないと思いながら薄目を開けて遠くから眺めていたものである。
少しばかり怖い所であった。

その隣が散髪屋さん。
当時は家で母がはさみで髪を切ってくれていたので、あこがれの場所であったが一度も行ったことはなかった。

お向かいは長屋であった。
裏のねーさんと呼び合っていた年頃のおねーさんを初めとして、何人か長屋の連中がいて、毎日よく遊んでいた。
当時は缶けり、鬼ごっこ、かくれんぼ、かけっこ、縄跳び、草野球、学校ごっこなどしていたが、裏のねーさんがリーダーである。

草野球では野球のルールを学び、今、野球好きなのはあの時の経験があってのことだと思う。
5才のasanagiも「チップ、チップ」といいながら手打ちで草野球に興じていたようであった。
面白かった記憶しかない。

この頃一番残念に思っていたことはすぐ上の姉が学校へ行けてasanagiがいけなかったということである。
まだ5才だから当然であるが、身長も体重もそんなに変わらず、物覚えも姉には負けていなかった。
しかも運動神経はasanagiの方がよかったと記憶しているのに・・・・である。

母に「お姉ちゃんが学校へ行けて、どうして私はいけないの?」と言って困らせていた記憶は残っている。
もちろん当時のasanagiは年齢が足りないことは理解できない事であった。

昭和22年、義務教育法が変わり、この年から1年生はカタカナよりひらがなから学ぶようになった。
大慌てで母が姉にひらがなを教えたそうである。
asanagiも姉と一緒にひらがなを既にマスターしてしまっていた。


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# by asanagi62 | 2018-11-06 10:54 | 戦後を生きて | Comments(0)

残された時間の中でおもうこと


by asanagi62